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聖火ランナー叶わなかった志村さん!東村山市を走るはずだった!

新型コロナウイルスによる肺炎で29日夜に亡くなったタレント志村けんさん(本名・志村康徳=しむら・やすのり)は、東京オリンピック(五輪)・パラリンピックの聖火ランナーとして7月14日、地元の東村山市を走るはずだった。

残念でなりません。

内容を見てみましょう。

最後までお付き合いお願いします。

も く じ

東村山市の成果ランナーは誰が良いか?

やはり東村山市と言えば志村さんですよね!

闘病中に近代五輪124年の歴史で初の延期、そして急逝。詳細は未定も、東京2020大会組織委員会は今回の聖火ランナー権利を来夏に持ち越す方針だっただけに、無念の結果となった。

同市の聖火リレー担当部署・地域創生部東京2020オリンピック・パラリンピック推進課の川崎課長によると、昨夏に行った1年前イベントで来場者に「誰に東村山市の聖火ランナーを務めてほしいか?」と記入式のアンケートを取ったところ、志村さんが1位の得票数(数字非公表)だったという。

これを受けて都からの調査に市は「志村さん」と回答。最終的に組織委が走者として決定した後、同市として所属事務所マネジャーを通じ、本人に意思確認した。「喜んでお受けしたい」と快諾を得たという。川崎課長は「マネジャーさんから『ぜひ』と前向きな参加意志をいただいておりました。たくさんの市民も楽しみにされていた。ずっと(闘病の報道に)心配していましたが(悲報には)驚きました。本当に残念です」と神妙に語った。兄の知行さんが同市役所職員だっただけに、身近にも感じられるスターだった。

志村さんの走行ルートは?

志村さんの走行ルートは決まっていたのでしょうか?

7月14日の志村さんの走行ルートは、直前に確定して発表される予定だった。有力候補とされていた場所が、西武新宿線・東村山駅の東口駅前広場。「志村けんの木」と呼ばれている3本のけやき、志村さん直筆の記念樹看板がある。1976年に「東村山音頭」をヒットさせた際、同市から感謝状を贈られた記念として植樹されたものだ。回復し、この場を走ることを誰もが期待していた。

東村山市渡辺尚市長のコメント

渡辺尚市長がツイートしていましたね。

渡辺尚市長は午前9時55分に「たった今、志村けんさんがご逝去されたとの速報ニュースが流れました。東村山15万市民の皆さんと共にご回復を祈っていましたが、願いが叶わず残念でなりません。心より哀悼の誠を捧げ、ご冥福をお祈りいたします。」とツイートした。

続けてFacebookに「志村けんさん、有難うございました!!」の題名で投稿。「志村さんの訃報はネットニュースでも報道されていました。東京オリンピックの聖火リレーのランナーをお願いしていましたので、来年元気に走っていただくことを東村山15万市民と共にお祈りしていました」

「もう志村けんさんの『東村山音頭』を二度と見ることができないと思うと、残念でなりません。改めて、追悼の誠を捧げ、ご冥福をお祈りいたします」

「けんさん、東村山の名前を全国に広めて下さり、また長年お笑いで全国の多くの方を元気にして下さり有難うございました。どうか安らかにお休み下さい」(原文まま)と悼んだ。

今回の志村けんさんに対しての世間の反応は?

  • 残念でなりません。
    コロナウィルスの影響で亡くなられたと言う報道の中で最もショックな報せと共に最も恐ろしいと思える報せです。

    私は8時だよ全員集合の世代ではありませんが、バカ殿様が大好きでテレビで放送されるときは必ず録画をして繰り返し見ては何度も笑わせて貰いました。
    世代を越えて常にテレビのトップに立つ、笑いの先導者のような方でしたね。
    「最初はグー」で始まるジャンケンは志村さんが元だとテレビで聞いたことがあります。ジャンケンをする度に思い出すでしょうね。

    かつての外国のコメディアンであるチャップリンと同じく、テレビと喜劇の歴史に残る偉人といっても全く過言ではないと思います。
    志村けんと言う人物が居たという事を私は決して忘れはしません。

  • 子供の頃。
    ケンちゃんラーメンで当たる
    ケンちゃんボールペン欲しさに母親に全部食べれもしないのに何個も買ってもらった。

    そしてケンチちゃんボールペンが当たってボールペンが届いた時の喜びときたら、今でも忘れられない。

    それぐらい志村さんは自分が子供の時のカリスマ的存在でした。

    ご冥福を祈ります。

  • 悲しいな。だいじょうぶだ~!アイーン!なんて復活したらやってくれるよね!と夫婦で会話してました。
    本当に苦しかったろうな・・コロナ本当に憎い。
    そして改めておさまるまでは実家へは行かないと決めました。母もうすぐ70歳。他人事じゃない。
    喘息もあるし。
    今回春の彼岸はやめたけど来月目の手術をするかどうかの問題もあって送り迎えの時も窓開けて換気しながらにしようと思います。
  • 第二の志村さんを出さないよう
    感染をこれ以上拡大させないために
    みんな本気で取り組むしかない

    感染しても大丈夫という若者
    マスクは嫌だとごねる高齢者
    飲み会を開くサラリーマン
    連絡無しで病院飛び込む人
    濃厚接触の買い物行列
    一部の人たちではあるけど
    その油断にウイルスはつけ込んでくる

    本気出そう

  • 最初はグー!またまたグー!あ、いっかりやちょーすけ頭がパー!正義は勝つ!!
    子供の頃土曜日の全員集合を楽しみにしてた。
    公開放送が近くの体育館に来たとき直にドリフターズを見たときは興奮して泣いたのを覚えている。
    時代だったのかもしれないけれど、ただただ本当に面白かった。ドリフで志村けんさんのはちゃめちゃを見るだけで思い切り笑えて元気になれた。

    死んで欲しくなかった。

  • この人を見て育ってきました。
    最後まで愛せる人柄でした。

    家族以外でテレビの中の人でこんなに親近感の持てる人は居なかった。

    とても悲しいです。

  • 本当に国民投票で「東村山市出身の有名人と言えば?」ってやったら「知らない」を除いたら100%志村さんになるんじゃないかってくらい有名ですよね。
    また志村さん自身の活動でも、東村山市の知名度を劇的に上げたでしょうし。

    志村けんさんの聖火ランは観たかったな…心よりご冥福を申し上げます。合掌…

  • もう、びっくりしたし悲しいし、あんなに元気だった志村さんがまさか新型コロナの犠牲になって逝ってしまうとは・・・

    聖火ランナーも含めてやりたいことはまだいっぱいあったでしょうし、これからも楽しませてほしかった。本当に残念です。
    ご冥福をお祈りします。

まとめ

志村さんのよう有名人がなくなるのはショックです。

コロナさえなければまだ亡くならなかったのではと思うと胸が押し潰されそうな思いです。

最後までお読み頂き有難う御座いました。