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沢田研二、岸部一徳と何故急接近したのか?「ザ・タイガース」再結成はあるのか?

’67年、『ザ・タイガース』のリード・ボーカルとしてデビューして以来、半世紀以上“わが道”を歩んできたジュリーこと沢田研二。

今回何故岸部一徳と急接近したのか?

内容を見てみましょう。

最後までお付き合いお願いします。

渡辺プロダクションの社長交代

昨年末社長交代があったみたいですね。

「デビュー以来、所属していた渡辺プロダクションを’85年に独立。設立した個人事務所の社長は、元ナベプロの方が務めていました。それが昨年末、社長の交代があって、新社長が岸部一徳さんになったんです」

沢田研二さんプロフィール

プロフィールをみてみましょう。

出生名: 澤田 研二
別名: ジュリー
生誕: 1948年6月25日(71歳)
鳥取県鳥取市
出身地: 京都府京都市
学歴: 京都府立鴨沂高等学校中退
ジャンル: ニューロック
ポップ
歌謡曲
グラムロック
ロック
グループ・サウンズ
職業: 歌手
俳優
作詞・作曲家
担当楽器: ボーカル
活動期間: 1967年 –
レーベル: ポリドール(1971年 – 1984年)
東芝EMI(1985年 – 2001年)
JULIE LABEL(2002年 – )
事務所: 渡辺プロダクション
(1967年 – 1984年)
ココロ・コーポレーション
(1985年 – )
共同作業者: ザ・タイガース
PYG
加瀬邦彦
早川タケジ

最近の沢田研二さんと言えば

ライブのドタキャン騒動が記憶に新しいかと思います。

沢田で記憶に新しいのは、

’18年『さいたまスーパーアリーナ』ライブのドタキャン騒動。動員数が予定より2000人以上も少なく、スカスカの客席を見て激怒し、公演を直前に中止した。

「沢田さんは、とにかく気難しくて有名。そんな彼にモノを言える数少ない人が、二人三脚でやってきた事務所の社長さんでした。でも、岸部さんも沢田さんとは50年以上の付き合いがあるんです」

岸部さん、沢田さんとの関係

17歳だった沢田を、自分が組んでいたバンドに誘ったのが2学年上の岸部。ベース担当の岸部は“サリー”として、デビュー後のザ・タイガースでリーダーも務めた。当時を岸部は過去の雑誌インタビューで、こう振り返っている。

《音楽は18歳のころ、当時の仲間と遊びみたいに始まったんです。あとから沢田研二が入らなければ、4人でただただダンスパーティーをやって、それで終わっていたかもしれない》

ザ・タイガースは、日本のGSブームの頂点に立ったが、売れ始めのころは東京・四谷のアパートで、メンバーとマネージャーが共同生活。そのときも沢田と岸部は同じ部屋だったという。

岸部一徳さんと言えば

様々な苦労があったみたいですね。

「自分は俳優だと思っております」
’71年にザ・タイガースは解散。岸部は沢田のバックバンドに参加しつつ、30歳で俳優業に転身。当時の樹木希林さんの事務所に入るも、仕事は少なく不安な日々だった。

《あんまり深く考えないほうだから“まあ、何とかなるだろう”と思っていたら、ちょうどそのころ、沢田が自分のマンションが空いてるから使わないかと言ってくれてね。僕はそれがホントにありがたかった》

そんな沢田の応援もあり、地道な役者修業の末、岸部は見事に花を咲かせた。

「’95年に、岸部さんは自分の俳優事務所を設立しています。そこには井上真央さんや岸本加世子さんらが所属しています。今や岸部さんといえば俳優としての活動がメイン。米倉涼子さん主演のテレビ朝日系人気ドラマシリーズ『ドクターX』でも欠かせない存在です。それなのに、新たに沢田さんの個人事務所の社長業も引き受けたのは、よほどのこと。ザ・タイガースのファンなら、また再結成があるかもと期待しちゃいますよね」

ザ・タイガースの再結成の可能性は?

果たしてザ ・タイガースの再結成の可能性はあるのでしょうか?

そこで、まずは沢田の個人事務所を引退した前社長に、今回の社長交代についての経緯を聞いてみると、

「もう80歳になるから退職しただけ。その後のことはわからないなあ」

と素っ気ない。沢田の個人事務所にも聞いてみたが、

「前社長が高齢で辞めることになったので、沢田の人間関係で、岸部が代わりに就任しました。ザ・タイガースの再結成とは関係ありません」

とのこと。岸部本人に話を聞くべく自宅を訪ねたが、京都で撮影中のため、不在。そこで岸部の俳優事務所に連絡すると、スタッフが岸部に電話で話を聞いてくれた。

「ザ・タイガースというより、長い友人である沢田さんから社長をやってほしいと頼まれたので引き受けました。ただし、今はあくまでも俳優業に重きを置いており、自分は俳優だと思っています」

今回の沢田研二さんに対しての世間の反応は?

  • 沢田は、気難しいと言うか、
    一本気で筋がある人でしょ
    これまでを総括すると、単に「気難しい」で済ませるのは
    失礼だよ。
  • 死ぬ時にいてほしいメンバーが
    沢田と森本と言っていたが
    瞳と加橋は前2人程との仲ではないのでしょうね
    瞳は解散して数年前の再集結まで交流なかったし
    加橋もタイガースというか沢田研二に良い感情が
    なく再集結を最後まで渋っていたらしいしね…
    それでも沢田が加橋に詫びて5人が揃った。
    で数年前に東京ドームでライブやったわけだし
    記事にある再結成の話もいまさらって感じ(苦笑)
    ちなみに5人以外にサポートメンバーを入れずに
    5人だけで演奏したのには凄く好感持てた。
    実際の演奏力は問題ではなく、
    彼らのその心意気が素晴らしいと思った。
    あと1971年の解散以来芸能と携わってなかった、
    瞳のドラムが素晴らしいから形になったと思う。
  • 映画「キネマの神様」の代役はジュリーがいいと思う。
    志村けんとは鏡のコントが顔が似ていて絶品だった。
    山田洋次監督では寅さんにもゲスト出演している。
    コンサート活動は当分できないからスケジュールも空いているはず。
  • 魔界転生の天草四郎役は沢田研二を越える役者はそういないと思う。あの悪の妖艶な演技は最高でした。
  • 岸部さんも今では渋い役者さんだよね。音楽で一世を風靡してたとは想像もつかないな。典型的だったのはやはりショーケンだけどね。ショーケンも死んで一年経つね。ジュリーもショーケンもキャロルがデビューした頃は雲の上の人だったと永ちゃん言ってたね。吉田拓郎さんも昔ジュリーと対談した時楽しみだったと言ってた。ジュリーも音楽活動頑張ってほしいね。
  • YouTubeは、ジュリーの美形や妖艶な姿を見せてくれて、小学生時代の歌謡ショーの再感動ができるのはいいけど、どんな超人でも老が来る事を今のジュリー見ると教えられる。
  • ジュリーも俳優業にもう少し力を入れれば良かったのに。
    「魔界転生」や「太陽を盗んだ男」なんて凄く良かった。
    こだわりがあったのかもしれないけど、何かもったいなかったな。
  • 基本、ファンクラブ前売りでほぼさばけてるから、通常ホールでの開催自体は問題ない。埼玉の件は、新規に参入を希望したプロモーターがさばききれなかったため、「契約」上の判断。あと、「高齢化」が一巡してファン層の平均は50代になりつつあり、さらに若い層にも広がっている。大規模・アリーナで物販収益見込むアーティストより、リスクも少ない。そもそも今のステージはギターと2人だけ。コストも低い。

まとめ

是非ともオリジナルメンバーで再結成して欲しいですね。

楽しみにしています。

最後までお読み頂き有難う御座いました。