『上海ハニー』や『花』といったヒットソングで、誰もがその名を知るところとなった沖縄の5人組バンド、ORANGE RANGE(オレンジレンジ)。以前のようにテレビや映画、CMなどで見聞きすることは少なくなったが、現在もライブ中心に精力的に活動を続ける。ORANGE RANGEは、なぜマスメディアと距離を置いたのか。
何か理由があるのでしょうか?
その内容をみてみたいと思います。
最後までお付き合いお願いします。
も く じ
ORANGE RANGEのデビュー

デビュー当時のORANGE RANGEはどんな感じだったのかみてみましょう。
2003年、ORANGE RANGEは電光石火の勢いで世に飛び出した。デビュー当時は全員二十歳そこそこ、RYOにいたっては高校生だった。デビュー翌月にリリースした『上海ハニー』はノンタイアップながら20万枚以上も売り上げ、名実ともに代名詞となる楽曲を手に入れた。YAMATOは「でも実は、『上海ハニー』にフィットしていないメンバーもいたんですよね(笑)5人みんな好きな音楽ジャンルもタイプもバラバラ。デビュー当初はかなりバチバチと意見を交わすこともありました。最初はもう『バラードなんて絶対やらない!』って言っていたくらいで」と明かす。
ORANGE RANGEプロフィール
沖縄出身・在住の5人組ロックバンド。2001年に結成し、2003年にメジャーデビュー。2021年に迎えるバンド結成20周年イヤーを目前に控え、現在「原点回帰」「初期衝動」をテーマに、バンドスタイルでのミニマルな編成とサウンドにフォーカスした全国50公演に渡るツアーを開催中。同時にCD2枚組全9曲を収録したライブ会場・数量限定の最新アルバム『NAKED×REFINISHED -3 mics and back sounds-』をリリース。
ORANGE RANGEの苦悩とは?!

今に至るまで様々な苦悩があったようです。
「僕はミクスチャーのような音楽が理想だったんです。インディーズからメジャーデビューまでトントン拍子で話が進んでいて、『キリキリマイ』もその勢いのまま自信を持ってやったんですけど、いざ出してみたらもう全然“ランキング外”で、正直、気持ちが一度かなり落ちました。でも、爆発的に楽曲が広まったことで、決定的に意識が変わりましたね。『なんでもやってみるべきだな。喜んでもらえるものこそが正義だな』と思ったんです」(HIROKI)
方向性の違いが生まれていたバラードについては話し合いを重ね、新たな表現の形を模索し続けた。
その甲斐あって、2004年に出した5枚目のシングルで取り組んだバラード曲『ミチシルベ ~a road home~』では初のオリコン首位を獲得、さらに8thシングル『花』は約100万枚を売り上げ、オリコンシングルチャートに52週登場するロングヒットを記録し、一躍脚光を浴びた。紅白歌合戦にも出場、デビューからわずか1年で日本の音楽シーンのトップを走るようになっていた。
ORANGE RANGEの人気が出る中での葛藤
メンバー内での葛藤もあったようです。
20代前半にして手に入れたケタ違いの人気――。次々と新曲を作りながら大都市ツアーもこなさなければならない。予算やスタッフの数、寄せられる期待、映画やドラマ、CMなどのタイアップ、気づけばORANGE RANGEに関わるすべてが大きくなりすぎていた。好きなことを自由にやる、そんな姿勢にも変化を求められた。
「タイアップだと、もちろん『こういう曲を作って』と言われます。作品に合わせて『泣ける曲を作って』と言われることもある。もちろんそういった要望も聞きつつ、でも自分たちのやりたいことも通さないといけない。『花』とかは、そういう感じで学びながら生まれた曲です」(RYO)
ORANGE RANGEが原点回帰した理由
見失いかけたものがあったみたいですね。
5人が選んだのは、原点回帰の道だった。2010年7月に、自主レーベル『SUPER ((ECHO)) LABEL』を立ち上げた。曲を作り、ライブをする、シンプルな目的のためだった。大手レコード会社を離れたことにより、メディア露出やタイアップ曲のリリースなどは減ったが、夏は各地の大型フェスにも出演し続け、コンスタントにライブツアーを重ねる活動スタイルを守り続ける道を選んだ。
自主レーベルを立ち上げてからこの10年間で行ったライブは500本以上にのぼり、14年には韓国、台湾、香港でのアジアツアーも成功させ、16年から17年にかけて47都道府県すべてに出向いて自分たちの曲を地道に届け続けた。自分たちの足で、喜んでくれる人たちのための音楽を届ける。自主レーベルを立ち上げてから着実に、ORANGE RANGEは「自分たちのやりたいこと」に邁進してきた。
ORANGE RANGEはもうテレビには出ないのか?!
メンバーの話だと全くテレビに出ない訳でも無いようです。
「テレビの歌番組だと1曲しかできないので観ている人にはその印象だけがついてしまうんです。でもライブではいろんな曲を演奏しているので、他の曲とのバランスからでとらえたら『ああなるほど、ORANGE RANGEってこんなバンドなんだ』みたいに思ってもらえる。だから歌番組よりもライブで今の僕たちを知ってほしいんです」(RYO)
「あえてテレビ番組に出ないということもなくて。呼んでいただけたら出ることもあって。でも一番はやっぱり自分たちでライブをして、待ってくれている人たちに届けること。これだけは、この先も一番大切にしてきたいんです」(YAMATO)
今回のORANGE RANGEに対しての世間の反応は?
歩んできた軌跡がよく分かる良い記事!
舞台裏の雰囲気も凄く良いバンドです♪#ORANGERANGE— LEI FILMWORKS (@FuNNyLEI) February 29, 2020
https://twitter.com/gariyochin/status/1233624846518480896
絶頂期のORANGE RANGEはパクリやファン喰いや生意気さでアンチがめっちゃいたイメージ
アンチサイトもあったhttps://t.co/WL5K3Yh1XH— 宇宙一 (@GodPeach111) February 29, 2020
https://twitter.com/COLoNORaNge04/status/1233547786722791424
オレンジレンジもHYも
上京せずに地元を拠点に
世界で活躍する姿は
メッチャかっこいいです‼️https://t.co/ufr1RK1sMM— まっしー@polca挑戦中/沖縄×SDGs (@masashi_okinawa) February 29, 2020
- オレンジレンジの花やキズナ等を聴くと青春時代を思い出します。
メンバーが歳を取っても仲良く歌って欲しい。 - YUIもそれが理由でメジャーから姿を消したよね、、、若ければ若いほど大人に都合よく使われちゃうから。ゆずなんかいつのまにか綺麗事しか歌わないような曲ばっかりになった。タイアップのつまらない曲を歌うより、歌手自身が楽しいと思って作ったものを聴きたいなあ。
- ただただ時代が良かった。
本人たちも昔認めた通り曲はパクリが多かったし。 元気が出るグループだった。 - 良いスタンスのバンド活動の理想。
それも2000年初頭の数々のヒット曲による知名度のアップがあるから今のような活動ができるのだとは思いますが。
しがらみや知名度を捨てるのは相当の信念が必要だと思います。それが出来た彼らは真のミュージシャンでありアーティストだと思います。
今の時代のミュージシャンにとっても指針であり励みになるのでは。 - 地方でのライブの告知をよく目にするので、やりたいことをやってるんだなと思ってました。
あの爆発的にヒットを飛ばすのもミュージシャンとしての夢の実現なら、今のようにファンの前で歌い続けられるのも夢の実現ですね。 - オレンジレンジめちゃくちゃ好きだった!
ロコローションとか、アスタリスクとか今聞いてもウキウキする。
最近の曲はもっぱら分からないけど、また聴いてみようかな。 - テレビ出演っていわゆる宣伝活動の一環だからCD売れる時代はそれが正義だったけど、ここまでCD売れないとライブにシフトするのは至極尤もな流れ。
今の時代、客呼べるバンドはみんなテレビよりライブだからなぁ。たまにはテレビでも見たいけど。
まとめ
バンドは継続が難しいからこれからも続けてほしいですね。
楽しみにしております。
最後までお読み頂き有難う御座いました。